煎茶の製造法

【煎茶の製造法】
煎茶が製造されるようになったのは、元文3年(1738)に、京都・湯屋谷の永谷宗円という人が、抹茶の製法に「操む」「煎る」という技術を加えた、新しい煎茶製造法を開発して以降のことである。初めのうちは高級噌好品だったが、この製造法が各地に広がるにつれて、しだいに一般的なものになっていくのである。そもそも煎茶(釜妙り製法)は、江戸時代初期、明僧・隠元が黄桑宗をわが国に伝えた際に伝来したといわれる。煎茶を楽しむための急須も、初めは中国から輸入されていた。ところが、埼玉県入間市にある入間市博物館の学芸員・工藤宏さんによると、「中国のものは把手が注ぎ口の反対側にあった」そうである。しかし、テーブルに置いた容器に注ぐ場合はこれでよいが、「畳に座ってお茶を注ぐ日本人の生活スタイルにはなじまなかったので、把手を注ぎ口と直角の位置につけるように改良したものが生産されるようになったのではないか」(工藤さん)ということである。ところで、急須で煎茶をたしなむ以前はどうしていたか。大雑把にまとめると、番茶を土瓶や鉄瓶に入れて煮出すという方法が用いられていたようだ。

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